
やんばるの自然を五感で体験!ネイチャーガイドと歩くやんばるの森、地元集落で味わう山菜料理
2021年にユネスコの世界自然遺産に登録された「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」。このうちの沖縄島北部の通称が「やんばる」。その深い森は、多くの固有種が暮らす生物多様性の宝庫だ。一方でこのエリアは、健康で長寿な人々が多く住む「ブルーゾーン」の一つとしても知られる。言わばやんばるは、生き物にも人にも暮らしやすい地域なのだ。そんなやんばるの豊かな自然と暮らしを体感するため、ネイチャーガイドの案内でやんばるの森を歩き、与那(よな)集落では山菜採りとその料理を体験した。
photo: G-KEN, Hiromi Kamigaichi (rare animals) / text: Katsuyuki Mieda
やんばるの身近な自然を楽しむ
「やんばる」は漢字で書けば「山原」。亜熱帯照葉樹林に覆われた山並が、大海原のように広がる沖縄本島北部の愛称だ。範囲に定義はないが、近年は国頭村(くにがみそん)、大宜味村(おおぎみそん)、東村(ひがしそん)の3村の総称として使われることが多い。ヤンバルクイナの現在の生息地もこれに重なる。また世界自然遺産に登録されたのも、この3村にまたがる脊梁(せきりょう)山地帯だ。
やんばるの森が世界自然遺産に選定された理由は、固有種の多い生態系があり、生物多様性に富んでいるから。そんなやんばるの自然に触れるため、国頭村公認ネイチャーガイドの上開地(かみがいち)広美さんに国頭村森林公園のトレイルを案内してもらった。
「私が案内するのは、希少種を見るツアーではなく、身近な自然からやんばるの魅力を感じてもらうツアーです。何気なく通り過ぎてしまう道も、生き物たちの目線でゆっくり歩くと見えてくるものがあります」
こう話す上開地さんは、さっそくトレイル入口の手すりの継ぎ目を懐中電灯で照らす。そこには虫たちやヤモリの姿が。上開地さんはそのうちの1匹を誘い出し、掌に乗せた。
「このコは森に暮らすサツマゴキブリ。翅(はね)がないのが特徴で、ゴキブリと言ってもとても清潔です」
上開地さんは虫をそっとねぐらに戻した。
トレイルに入ってまず目に付いたのはリュウキュウマツ。足元に松ぼっくりが散らばる。
「リュウキュウマツはやんばるの森のパイオニア植物。日の当たる場所に最初に生える植物の一つです。その松ぼっくりを食べるのがケナガネズミ。これが彼らが食べた痕です」
上開地さんはエビフライのミニチュア状のものを見せてくれた。「希少種自体は見られなくても、彼らの暮らしの証しは見られます」。その後にはヤンバルクイナが割って食べた、ヤンバルマイマイの殻も見つけることができた。こうした発見は、ネイチャーガイドと歩くからこそ体験できる森の楽しさだ。
やんばるフィールド図鑑 冬・早春編①
多様な生態系を育む奇跡の森
森の奥に入ると増えてくるのはスダジイ。
「やんばるでは森が深くなりにつれて木々の約半分がスジダイになります。板材に多く使われたので地元ではイタジイと呼びます。次に多いのはイジュで約4分の1。この2種が見分けられるようになると、森の理解度も深まります」
風の穏やかな谷間には、やんばるの森を象徴するもう一つの植物が育つ。恐竜時代を思わせる日本最大の木生シダ、ヒカゲヘゴだ。
「幹にある丸や楕円は葉痕。その模様は維管束の痕跡です。この葉痕の形や残り方からそのコの辿った歴史がわかります。このあたりのコたちは20年ぐらい前に台風か何かで倒れかけ、その後持ち直したのかも?」
上開地さんは時々足を止め、葉の匂いや草の感触、蔓の強さなどを確かめさせてくれる。まさに五感で楽しむツアーだ。また「暖かければここにシリケンイモリが……」「繁殖期にはホントウアカヒゲの声がします」「夏にこのあたりを舞うのはリュウキュウハグロトンボ」と他の季節の様子も伝えてくれた。
トレイルはたびたび小さな川や沢を渡る。その表情は浅瀬、岩場、淵などいろいろ。じつはこれも生物多様性を育む要因の一つだ。
「やんばるには毛細血管のように小さな川が流れています。そして1本の川にもいろんな環境があります。この水辺の環境の変化があるから、やんばるは固有種のオキナワイシカワガエルはじめ、日本でもっともカエルの種類が多いのです。それはつまり、カエルたちが食べる生き物も多様ということです」
やんばるに固有種や希少種が多く棲むのは、小さな生き物たちの多様性があってこそ。しかしこの多様性が生まれた背景には、様々な要素が複雑に重なり合う。そのどれが欠けても多様性は保てないと上開地さんは言う。
「だからやんばるの森は、『奇跡の森』と呼ばれるのです。この生物多様性を育んでいるストーリーを一つ一つ紐解く楽しさ。それがやんばるの森の魅力なのかもしれません」
やんばるフィールド図鑑 冬・早春編②
やんばるフィールド図鑑 希少種・固有種編
集落の周りは食材の宝庫
国頭村与那は三方を山に囲まれ、西は海に面し、中央を川が流れる小さな集落。風水がよく、山の幸にも海の幸にも恵まれた地だ。人口は140名ほど。70代以上が20%を占め、90代~100歳以上も4名暮らす。他のやんばるの集落同様に健康長寿の里だ。
「ブルーゾーン」という言葉がある。健康で長寿な人が多く居住する特定の地域を指し、世界中で5ヵ所のみがブルーゾーンとされている。じつは沖縄はその一つ。特にやんばるはブルーゾーンのモデル地域といえる。
与那集落の区長を務める大城靖さんはこのブルーゾーンに注目。区が運営を委託された与那地区交流拠点施設「よんな~館」で、長寿食としてやんばる山菜野草料理の提供を始めた。
「私もお年寄りたちに聞いて日々勉強しているところです。ホテルのシェフからも注目されていて、やがては山菜野草の生産採集が若者の雇用に繋がればと思っています」
さっそく山菜野草採りに出発。まずはよんな~館前の祠で、集落の守護神・ヒヌカンにご挨拶。「与那の人は信心深いんです」と大城さん。この山菜野草採り体験では、集落を歩きながら与那の歴史や文化にも触れる。道中、確かに多くのウガンジュ(拝所)や魔除けの石敢當、カー(湧水)などを目にした。
山菜採りと言ってもじつは山に入る必要はない。集落の周縁で事足りる。5分ほど歩いた山裾にあったのは山菜の王様・タラの芽。
「真冬以外のほぼ年中、週1回は採れます。放っておいてもどんどん育つおりこうさん」
その奥にはシダの仲間のオオタニワタリが並ぶ棚があり、新芽の部分を手折っていく。
「実験的にここで栽培しています。うちのオオタニさんは茹でて良し、炒めて良し、天ぷらにして良しの三刀流です」とニコニコ顔。
その足元にはフーチバー(よもぎ)が繁る。
「ジューシー(雑炊)やヤギ汁に入れるほか、薬効があるので、調子が悪いとジュースにして飲まされました。いわゆる青汁です」
やんばる山菜野草図鑑
ブルーゾーンの暮らしを支えるもの
集落内も食材の宝庫だ。道端にはリラックス効果のあるクワンソウ(ワスレグサ)が生え、廃屋には立派なカラギ(沖縄シナモン)の木が残る。空き地で摘んだクサギは戦時中、疎開者が餓えをしのいだ野草という。
「やんばるの家では必ずシークヮーサーやバンシルー(グヮバ)、パパイヤなどの果樹を植えます。また庭のアタイグヮー(菜園)で日々食べる野菜を作るのも大事な伝統です」
大城さんは集落のお年寄りの毎日の生活を見ていて、健康長寿の秘訣をこう考える。
「まず植物由来の食物を多く食べること。そして午前中はアタイグヮーでの農作業で体を動かすこと。昼寝も含めたっぷり寝ること。夕方は友だちとユンタク(おしゃべり)して笑うこと。ウガン(御願)を通して神様やご先祖に守られていると感じるのも、精神衛生を保つために重要かもしれません」
まさにブルーゾーンの長寿ルールの通りだ。
最後は海辺のほうに向かい、モンパノキの産毛の残る若葉を摘む。この葉が食べられるとは初耳だ。近くには潮風を浴び、ミネラルたっぷりのニガナや長命草も生えていた。
よんな~館に戻ってすぐに料理。調理は大城さんと妻の琴紀(ことき)さんが分担。天ぷらは厚めの衣自体に味を付ける沖縄風。山菜の刺身には朝採っておいたヒカゲヘゴの新芽やヤンバルゼンマイ(ホウビカンジュ)も。琴紀さんはジューシーのおにぎりを抗菌防腐効果のある月桃の葉で美しく包む。結わえる紐も月桃の茎を裂いたもの。山に持っていけば自然に還るお弁当だ。地元産鮮魚の煮付けや酢味噌和えも加わり、ほぼ100%国頭村産の食材による豪華なディナーが完成した。
料理はどれも美味しく、山菜野草特有の嫌な苦みがないので子どもでも食べられる。何よりもシャキシャキ、コリコリ、サクサク、ヌルヌルとした食材ごとの食感が楽しい。身の回りに自生する食材でこんな料理が味わえるなんて、これほど豊かで贅沢なことはない。
やんばる山菜野草ディナー メニュー

◎ネイチャーガイドと歩く森林公園ツアー
Endemic Garden H やんばるツアーズ
住所:沖縄県国頭郡国頭村謝敷161
HP:https://endemicgarden.jp
開催期間:通年
参加料金:大人(高校生以上)6,500円、子ども(中学生以下)3,500円
所要時間:約3時間
定員:5名程度(最少催行人数2名)
詳細:https://endemicgarden.jp/attraction/naturewalk/
他に以下のネイチャーガイドツアーもあり。
◎ネイチャーガイドと歩く長尾橋ツアー
◎森林公園ナイトツアー

与那地区交流拠点施設「よんな~館」
与那の暮らしを体験しながら、よんな~(のんびり)できる公民館兼宿泊施設。宿泊は2階に和室3室(ウッドデッキ付き)。
住所:沖縄県国頭郡国頭村字与那68
電話:090-9780-7594
HP:http://yonna-kan.com
宿泊料金:大人(中学生以上)7,000円、2名以上は6,000円。※1名当たり・1泊2食付き
◎プレミアムよんな~ディナーコース
記事の料理内容の夕食と宿泊1泊(朝食付き)
料金:1名当たり9,000円
予約:1週間前までに
◎山菜料理体験コース
山菜野草採り体験(約2時間)と山菜野草料理の食事(山菜の内容は時期による。魚料理はなし)
料金:1人6,000円
催行人数:5名程度で応相談
予約:1週間前までに
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