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BRUTUS meets Be.Okinawa
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県産小麦「島麦かなさん」で広がる、沖縄の小麦の可能性。

沖縄そばやパンなど、小麦は沖縄にとって欠かせない食材のひとつ。ここ数年、さまざまな飲食店で見かけるようになった「島麦かなさん」は、沖縄県産の小麦のブランド。地産地消の可能性を広げる「島麦かなさん」の魅力を探る。

photo: G-KEN / text: Masayuki Sesoko
精麦機にかけた後、少し表面が削られた「島麦かなさん」。
「島麦かなさん」の粗びきの全粒粉。
〈金月そば〉オーナーであり沖縄県麦生産組合員として「島麦かなさん」の生産を支える金城太生郎さん。 

サトウキビはあるけれど、沖縄の畑に麦の穂が揺れる風景を見たことのある人が、どれぐらいいるだろう。実はここ数年、沖縄県内各地で小麦の栽培が少しずつ増えている。なかでも近年広がりをみせて注目されているブランドが「島麦かなさん」。沖縄そばやパン、ビールなどの原料として使用され、県産小麦の可能性を広げている。

神の島からもたらされた、沖縄の五穀

琉球開闢の祖「アマミキヨ」が最初に降り立ったとされる神の島「久高島」。沖縄本島南部にある安座間港から高速船でなら15分ほどで着くことができる、人口223 人(令和6年6月時点)のちいさな島。「琉球国王由来記」によれば、その東海岸にある「イシキ浜」に流れ着いた壺の中に五穀の種子が入っていたのが、沖縄の農業の始まりとされている。その五穀とは、麦、粟、豆、キビ、米であったそう。

提供:沖縄県麦生産組合 収穫前、黄金色に色づいた島麦かなさん。

沖縄では、小麦、大麦、裸麦など戦前からさまざまな麦類が栽培されていたという。なかでも小麦生産に適した土壌と気候をもつとされる伊江島は、琉球王朝時代から小麦の一大生産地だった。戦後は基幹作物としてサトウキビが多く栽培されるようになったこともあって、麦類の栽培は減少してしまう。近年、伊江島やうるま市で少しずつ小麦の価値を見直す活動が起こり、現在では県産小麦を目にする機会も少しずつ多くなってきている。

「島麦かなさん」を産んだ金城太生郎さんの挑戦

金城太生郎(きんじょう たきろう)さんが、読谷村に〈金月そば〉をオープンしたのが2008年のこと。当時、沖縄そばの店といえば、製麺所であらかじめ茹でて油をまぶした「茹で麺」を使用するのが一般的だった。しかし、太生郎さんはあくまで自家製の「生麺」にこだわり、〈金月そば〉は人気を獲得していった。

そんな太生郎さんは2016年ごろ沖縄そばの原料として県産の小麦と出会う。太生郎さんが出会った当時、自家消費用などでほそぼそと生産されていた小麦は産業としていかにもか弱かった。そこで、原料として安定した供給や、麦栽培の文化の復活・継承、そして生産者を応援するためにも協力し、生産農家10組とともに「沖縄県麦生産組合」を立ち上げた。翌年には太生郎さんも組合員として参加した。

2019年には県産小麦を「島麦かなさん」と名付けてブランド化。農薬・科学肥料不使用のオーガニック農法で栽培されている。生産量にはまだまだ課題を抱えつつも、認知拡大のためのイベントを開催するなどして、少しずつ広がりを見せている。薄力粉は「ニシハルカ」、中力粉は「アヤヒカリ」、強力粉は「ユメカオリ」という品種が栽培されていて、沖縄そばやパンなど用途に応じて使用されている。

〈金月そば〉で県産小麦100%の沖縄そばを

〈金月そばGala青い海店〉の人気メニュー「坦々そば」は、他店よりもスパイシーな仕上げ。(1,100円)

現在では県内に4店舗を構える〈金月そば〉。魚や豚から出汁をとって透明なスープが一般的な沖縄そばで、トロリとクリーミーなゴマの風味が斬新な坦々そばが人気で、なかでも読谷にある本店は連日行列必死の人気店になっている。そのほとんどのメニューに県産小麦である「島麦かなさん」が使用されている。

他店も含め、「県産小麦使用」と謳っていても、原材料の30%程度が相場。そんななか県産小麦100%なのが「沖縄地粉そば」だ。こちらは坦々そばとはうってかわり、トッピングの島豆腐の厚揚げも三枚肉もあえて別皿にすることで、県産小麦で作られた自家製生麺の風味をじっくりと味わうことができる。ただ、「県産小麦を使っているから」ということが集客につながっているかといえば、まだまだそこまでの認知度ではないと、太生郎さんは話す。それでも同時に、組合を作り、畑を耕し製粉し、こつこつと続けてきた活動が少しずつ広がりを見せているたしかな実感を感じているようだった。

開店当初から自家製の生麺で提供することにこだわってきた。 
トッピングを別皿にしてそばの風味を堪能する「沖縄地粉そば」(1,500円) 
観光客や地元の家族連れなど、さまざまなお客さんが訪れる。
沖縄そばを調理する太生郎さん。 

薪窯パン「commons」にとっての存在意義

焦げ目も良い味わいに感じる〈commons〉のパン 

読谷村の住宅街に、ひっそりと佇む〈commons〉というパンの店。装飾はいたって簡素な店内は、コンクリート造りの沖縄らしい平屋。奥に行けば薪窯が鎮座していて、オープン日になれば焼き色もワイルドな、無骨なパンがショーケースに並ぶ。店主の金城優作さんは天然酵母パンの名店、〈宗像堂〉で修行したのちに独立して〈commons〉をオープン。

開業時から「島麦かなさん」を使用している。「そのままでは消化しきれない小麦というものを、粉にして、発酵させて、食べられる形にしてお客さんに届けるのがパン屋としての僕の役割だと思っています」。

「パン作りは普遍的な技術だし、小麦と水があればどこでも作ることができる。僕が沖縄でやる意味を考えたときに、この土地で農家さんが作ってくれたものを届ける、ということはとても大切なことだと思う」。

毎月のように、製粉所に自ら足を運んで「島麦かなさん」を仕入れにいっている。小ロットで仕入れさせてもらい、自分の要望や感想も直接伝えながら。良い意味で個性が強いから、生地を捏ねているとき、その手から小麦の状態を感じ取り、水分量などを見極めながらパンを作る。使うのは強力粉だ。

「香りはしっかりあると思う。“沖縄のパン”を焼きたいと思って使っているので、畑にもよく行くし、そこで見た畑の風景や、農家さんの顔なんかも含めて、伝えていくことができたらいいなと持っています」。

翌日のための仕込み。生地を捏ねる優作さん。
使うのは小麦粉と水と、小麦粉から起こした酵母だけ。 
島麦かなさんで起こしたルヴァン種。
すっきりとした半屋外の店内は風通しが良い。
金城勇作さんと、パートナーの玉城愛さん。

掛け合わせてできる沖縄のクラフトビール

店内では生でも飲める「カミータイラー」。(生800円、瓶781円)

沖縄のクラフトビールシーンを牽引する存在なのが、沖縄市にある〈CLIFF GARO BREWING〉だ。オーナーの宮城クリフさんは、画家、デザイナーでブルワーという異色の経歴を持つ。ボトルに貼られた個性豊かなラベルは、全て自らが描いたもの。

ある時、そんなクリフさんの元を、〈金月そば〉の金城太生郎さんが訪ねてきた。聞けば、「島麦かなさん」を使ってビールを作って欲しいという。沖縄本島北部でハルサー(農家)をしている芳野幸雄さんからコリアンダーシードを入手できることもわかり、「それならホワイトエールだね」ということで早速ビール作りに着手した。ホワイトエールとはベルギーのヒューガルデン村で14世紀から製造されていた、小麦を使用するクラシックなビール。カーブチー(沖縄在来種のミカン)も加えるなどして爽やかな風味の「かなさんwhite」が誕生した。

現在は「カミータイラー」と名前を変えているが、変わらずの人気商品。〈CLIFF GARO BREWING〉にとっても、県内の生産者とのコラボレーションをしていくきっかけとなった銘柄で、思い入れもひとしお。

「いまはまだないので、小麦麦芽も作ってみてほしいですね。今後、島麦かなさんを使ったラインナップを増やしていく可能性もあると思います」。

発酵中のビールの試飲。香りや色も確かめる。
ビールを注ぐ宮城クリフさん。
〈CLIFF GARO BREWING〉のカウンター前でのクリフさん。奥に醸造所が見える
店内ではアーティストによる個展なども開催される。

沖縄県産小麦のこれから

農林水産省の作物統計調査によると、2024年の日本全国の小麦の生産量は1,023,000tだったそうだ。内訳をみると北海道がダントツの1位で707,800t。ついで福岡(53,000t)、佐賀(36,200t)などが続く。さて沖縄は、というと14tだった。

〈金月そば〉の金城太生郎さんが運営する製粉所では、1日の生産能力は60kgから100kgほど。自分たちでピッキングもしていたときから比べると、いまだに製粉所としてはとてもちいさな規模だけれど、レーザーで被害粒やゴミを選別することができる選別機や表面を削る精麦機、製粉機を導入して効率はあがっている。

うるま市にある農水産業振興戦略拠点施設「うるマルシェ」では、小麦粉の販売はもちろん、「沖縄そば」や「塩せんべい」、「島パスタ」などを商品化して販売している。伊江島の小麦粉「江島神力」も、小麦粉としてだけでなく、お菓子などさまざまな商品となって、土産物店やスーパーなどで目にする機会が増えてきた。2024年の収量14tは全国的にはとてもすくないけれど、前年比でみれば105%で微増している。これから県産小麦がどんな広がりを見せていくのか、楽しみに見守りたい。

製粉機によって粉の種類が分類される。
右から時計回りに白、ブラン(ふすま)と全粒の3タイプがある。薄力全粒タイプ(500g/970円)は〈うるマルシェ〉(沖縄県うるま市前原183-2)で購入可能。
2月末に見た小麦。4月中旬には収穫の時期を迎える。
INFORMATION

金月そばGala青い海店

住所:沖縄県読谷村高志保915
営:11:00〜16:00
休:月
URL:https://kintitisoba.com




commons

住所:沖縄県読谷村喜名2281-1
営:10:00〜14:00
休:日、月
URL:https://www.instagram.com/commons.okinawa




CLIFF GARO BREWING

住所:沖縄県沖縄市高原6−2−8
営:15:00〜22:00(日曜は21時まで)
休:月、火、水
URL:https://www.instagram.com/cliff_garo_brewing

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