サンゴのゲノム研究の最先端<OIST>が導く、沖縄や世界のサンゴ礁を守るためのプロジェクト
世界レベルの研究機関として、2011年に設立された<沖縄科学技術大学院大学>、略称<OIST(オイスト)>。世界で初めてサンゴのゲノムを解読するなど、サンゴ研究においても最先端を走り、2023年に立ち上げた<OISTサンゴプロジェクト>が今、産官民から注目を集める。その中心にいる佐藤矩行(のりゆき)教授にサンゴ礁の重要性とプロジェクトの目的をうかがった。
photo: Yoshitaro Yanagita / text: Katsuyuki Mieda世界にも類のない<OIST>の研究環境
豊漁に沸く漁村の風景を歌った有名な沖縄民謡『谷茶前(たんちゃめー)節』。その舞台である恩納村の美しいイノー(サンゴ礁に囲まれた浅瀬)を見下ろす丘陵に、2011年<OIST>は設立された。内閣府の沖縄振興予算による、政府主導の私立大学院大学だ。
東京ドーム14個分の敷地に、生物多様性の宝庫である亜熱帯の森や谷、川をそのまま活かしながら、5つの研究棟はじめ、講堂、宿舎、カフェ・食堂、保育施設などが点在。互いをスカイウォークやトンネルで結ぶ。キャンパスとしては理想的な自然環境だ。
施設内も各種のアースカラーで彩られ、木や石を素材にした様々な形状のインテリアがイマジネーションを刺激する。またラボや教官室を異分野同士が隣り合うように配置し、分野を横断・統合した学際的研究を促す。そして特筆すべきは、次世代シーケンサー(ゲノム解析装置)や高性能顕微鏡などの最新鋭機器を潤沢に備え、その専門技術員が研究者をサポートしていること。これほど充実した研究環境は世界的にもほとんど例がない。
この卓越した環境が世界中の優秀な科学者や学生を惹きつけ、現在は約90名の教授・准教授の下で、300名弱の学生が博士課程を学ぶ。その80%は54の国と地域から来た外国人。女性率は40%以上だ。優れた論文数の割合による世界の研究機関ランキングでは、2019年に国内1位、世界9位にランクされ、2022年にはノーベル賞受賞者も輩出した。
世界初、サンゴのゲノム解読に成功
そんな<OIST>には、質の高い研究で世界の科学技術に貢献することと並んで、もう一つ重要な目的がある。それは地元沖縄の知的HUBとなり、沖縄の産業にイノベーションやサステナブルな成長を促すことだ。その理念をもっとも象徴するのが、佐藤矩行教授率いるマリンゲノミックスユニットによるサンゴの研究である。
佐藤教授は元々同じ海洋生物のホヤを対象に発生学を研究してきたが、2008年に<OIST>の前身機構に着任したのを機に、サンゴ礁を形成する造礁サンゴの研究に着手した。
言うまでもなく、色とりどりのサンゴ礁とそこに群れる南の海の生き物たちは、多くの観光客が憧れる沖縄の美しい海の象徴だ。真っ白なビーチもサンゴが砕けて砂になったもの。沖縄にとっては基幹産業の観光業を支える存在であり、水産資源の宝庫でもある。加えて、沖縄の島々の多くが、隆起したサンゴ礁が固結してできた石灰岩に覆われており、奇岩や鍾乳洞、湧水、首里城はじめ城跡の石垣、石畳など、景勝地の多くはサンゴ礁なしに存在しない。いわばサンゴ礁こそ沖縄の生みの親なのだ。
「沖縄の特徴を活かした海洋生物研究といえば、まず造礁サンゴでしょう、とゲノム解読を始めました。そして2011年にサンゴの、次いで2013年にはサンゴに共生して光合成をする藻類・褐虫藻(かっちゅうそう)のゲノム解読に世界で初めて成功しました。<OIST>の設備があってこそできた成果です」
これらは設立間もない<OIST>の初の大きな実績としても驚きをもって発信され、<OIST>の名を世界に知らしめた。
「OISTサンゴプロジェクト」スタート
佐藤教授のユニットはその後も次々と造礁サンゴのゲノムを解析。日本の造礁サンゴ(イシサンゴ目)85属中、現在までに83属のシーケンス(DNA塩基配列)を決定した。と同時にこのゲノム情報をサンゴ保全に役立てるため、環境DNAを利用した技術を開発する。環境DNAとは水中や土壌、大気などに存在する生物由来のDNAのことだ。
「サンゴは大量の粘液を分泌しています。そのため表面の海水を採取して環境DNAを調べれば、そこにどんな種類のサンゴがあるかわかるのです。沖縄本島では環境省が62ヵ所でサンゴ調査を実施していますが、ダイバーが潜って目視した実態と私たちが環境DNAから得た情報は9割一致していました」
ダイバーが潜って調べるのは人力も経費もかかる。それがコップ1杯ほど採取した海水から海中の様子が分かるのは画期的だ。 「さらにこの手法にNTTドコモさんが関心を持っていただき、水深40~50mまで採水できる水中ドローンを開発してくれました。このドローンを使うことで、海面では採取できない深さの環境DNAを調べ、これまでわからなかった、ダイバーが潜れない深い海のサンゴ礁の様子を知ることができたのです」
これにより、沖縄では水深35~40mまで造礁サンゴが種類を変えながら連なっていることがわかってきた。そして佐藤教授らは、2023年の海の日に「OISTサンゴプロジェクト」を立ち上げる。「サンゴ礁の重要性を世界に伝え、科学的知見をサンゴ礁や海の保全に活かしたい」との思いからだ。
サンゴ礁復活へのロードマップ
サンゴ礁は「海の熱帯雨林」とも呼ばれている生物多様性の宝庫。その面積は全海洋面積の0.2%に過ぎないが、そこに地球上の生物種のじつに約3割が生息している。またサンゴ礁は海洋中の二酸化炭素を吸収し、共生する褐虫藻の光合成によって酸素に変える。地球環境の中でまさに熱帯雨林と同様の役割を担っているのだ。さらには天然の防波堤として、高波などの災害から守る働きもある。
そんな地球環境のバロメーターともいうべきサンゴ礁が今、世界中で危機に瀕している。埋め立てや赤土流出、海洋汚染に加え、サンゴを食べるオニヒトデの大量発生や地球温暖化による白化現象。特に海水温の上昇で共生する褐虫藻が失われ、サンゴが死滅する白化現象は、規模が大きく深刻だ。
「OISTサンゴプロジェクト」ではどのようなことを進めようとしているのだろう。
「まず環境DNA法を使って、沖縄にどれだけ多様なサンゴがあるのかを明確にします。おそらく60属はいるはずです。そしてそのサンゴがそれぞれどこにどれだけいるかを調べて、沖縄県のサンゴアトラス(サンゴの分布地図)を完成させたいと思っています」
それは沖縄のサンゴ礁の豊かさを可視化し、白化が起こった際には、どう復活させるかのロードマップにもなるだろう。
「一方では、ゲノム解読したサンゴを植え付けてモニタリングし、サンゴ礁の生物多様性への貢献度を科学的に証明したいと考えています。具体的には、①サンゴの種類、②サンゴ礁にいる魚類、③サンゴに棲み着く小さなエビ・カニ類、④サンゴに付くバクテリア、この4対象の環境DNAを調べていきます。沖縄本島東海岸のうるま市平安座島と南城市知念岬沖ではすでに植え付けも始めました。じつは東海岸のサンゴ礁は2006年頃には壊滅状態だったのですが、近年戻りつつあるのです」
うるま市平安座島と南城市知念岬沖ではすでに植え付けも始まった。プロジェクトには早くも沖縄の大手企業はじめ、県外からも多くのパートナー企業が参加している。また個人からの寄付も予想以上。産官民学が連携するプロジェクトとしても注目だ。『谷茶前節』に歌われたような「海の畑」ともいえる豊かなサンゴ礁の海が、沖縄各地、世界各地で復活することを期待せずにはいられない。
沖縄科学技術大学院大学(O I S T)
おきなわかがくぎじゅつだいがくいんだいがく(オイスト)/世界の科学技術の発展に貢献し、沖縄でのイノベーションの拠点となるため、2011年11月に日本政府によって設立された学際的な大学院大学。国内外から優れた研究者を集めて世界最高水準の研究を行い、理工学分野の5年一貫制博士課程教育を提供する。
住所:沖縄県国頭郡恩納村谷茶1919-1
https://www.oist.jp/ja
見学:予約不要。月~日曜(祝祭日含む。年末年始除く)。9:00~17:00。研究棟は見学不可。ツアー概要はH Pから。
https://www.oist.jp/ja/guided-campus-tour
OISTサンゴプロジェクト
https://www.oist.jp/ja/oist-coral-project
個人の寄付(サンゴ会員)
年間1万円。以下のサイトより「寄付金の使途・目的」で「サンゴプロジェクト」を選択し、申し込む。
https://groups.oist.jp/ja/giving/donation-form
企業の寄付(パートナー企業)
メールまたは電話で問い合わせを。電話:098-966-8976。E-mail:donation@oist.jp
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