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BRUTUS meets Be.Okinawa
BRUTUS meets Be.Okinawa

コンクリートブロックをモダンにする重鎮アーティストと、現代の石獅子を生み出す若手職人が作る、沖縄の新しい風景

沖縄の風景と聞いて多くの人がイメージする風景の一つに、台風に強そうなコンクリートブロックの四角い家とシーサーがある。これらをアートとして昇華させたのが能勢孝二郎さんと〈スタジオde-jin〉。2組のつくり手を通して見える、沖縄の風景とは。

photo: G-KEN / text: Masayuki Sesoko

風景に溶け込むコンクリートと琉球石灰岩

沖縄に来たら、改めてよく見てみてほしい。世界遺産にも登録される城跡には雄大で美しい石積みがあり、竹富島など伝統建築の立ち並ぶ集落には石垣が。道を歩けば突き当たりに置かれた「石敢當」をすぐ見つけることができる。それらの多くには建材として「琉球石灰岩」が使われている。

また、<外人住宅>と呼ばれるコンクリート造りの平家を見たことがある人も多いだろう。戦後、基地の内外に暮らす米兵の住宅として建てられ、近年では住宅としてだけでなく、カフェやセレクトショップの店舗などとしても活用されている。台風や強風が多い亜熱帯の気候への耐性があることから、戦後に米軍が2×4工法の鉄筋コンクリート建築の技術を持ち込んだ。石灰石や粘土、ケイ石をはじめとするセメントの原料すべてが県内で調達できることから、当時の琉球政府が基幹産業として後押しした。1950年代以降、コンクリートブロックによる建築が広く普及したため、四角い平家が立ち並ぶ様子が、沖縄を彩る風景のひとつとなった。

石畳や石垣、グスク(城)とその周囲を囲む石積み、陵墓、石敢當には琉球石灰岩が。沖縄の人々のお墓である「亀甲墓」に、<外人住宅>、コンクリートブロックの空洞を利用してデザインを施した沖縄生まれの「花ブロック」などのコンクリート建材が。石灰岩とコンクリートは、ひろく沖縄の風景に溶け込み、象徴的な要素になっている。

琉球石灰岩を積み上げた石積み。
コンクリート造りの平屋の典型的な”外人住宅”。ここは、現在カフェとして利用されている。

コンクリートブロックを使う唯一無二のアーティスト

沖縄県立博物館・美術館の中庭に、コンクリートと鉄パイプとH型鋼でできた、高さ5mを超える巨大なオブジェがある。作品全体が植物のプランターにもなっている。作者は、沖縄を拠点に活動する彫刻家の能勢孝二郎さん。沖縄平和祈念堂の前に立つモニュメントや、南城市文化センター・シュガーホールの波打つような内壁など、能勢さんのコンクリートブロック作品は県の至るところにある。

コンクリートブロックや鉄のパイプを使って作られた沖縄県立博物館・美術館の高さ5mを超える作品にはサボテンが植っていて、それ自体がプランターにもなっている。 沖縄県立博物館・美術館/コンクリートブロック・パイプ・H型鋼・サボテン彫刻(那覇)h550.0x w850xd390.0cm 2007 / photo Yu Zakimi
音響にも配慮して作られたという南城市文化センター・シュガーホールの波打つような内壁。南城市文化センター シュガーホール/コンクリートブロックレリーフ(南城) 1994 / photo Yu Zakimi
沖縄平和記念堂の前に設置されている平和記念モニュメント。一般公募で選ばれた3通のハガキに書かれた「平和論」が書かれている。沖縄平和祈念堂/平和祈念モニュメント コンクリートブロック・石・H型鋼(糸満) 1995 / photo Yu Zakimi

1950年に那覇市で生まれた能勢さんにとって、コンクリート建築の住宅や路地のブロック塀は、あたり前の原風景だった。少年期にミケランジェロを見て憧れを抱き、上京して多摩美術大学彫刻科に進学。戦後の抽象彫刻界を代表する彫刻家・建畠覚造に師事する。卒業後、しばらく東京で活動した後に沖縄にUターン。「世間の良しとする風潮に抗い、アーティストとして顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまっても良いのでは」と考えながら、アウトドア思考の作品を作っていた。30歳をすぎた頃に、沖縄の風景を象徴するコンクリートブロックを積んだ作品を作る。コンクリートこそが自分だけの素材であるように思え、沖縄で創作をしていく意義を見出した。師との交友もあった彫刻界の重鎮、向井良吉に見せたところ、「続けなさい」との言葉をもらい、これを一生の素材とすることにしたという。

北谷町にあるアトリエで、作品を前に立つ彫刻家の能勢孝二郎さん。
浦添市にある自宅裏の工房には、過去の作品が無造作に置かれていた。
北谷町のアトリエはその建物自体が能勢さん夫婦の作品のよう。写真は2008年「彫刻の展開(沖縄県立博物館・美術館)」で展示された「渦」。
北谷町のアトリエの事務所壁面には、過去の作品などいくつもの写真が飾られていた。

硬質な素材を用い、パンキッシュにも捉え得る作風からは、近寄り難い人物を想像しながら会いに行った。予想に反して、エミネムの曲をBGMに、満面の笑顔を讃えながら話してくれる。日記を書くように、紙とエンピツでドローイングをする、という能勢さんの創作意欲は74歳にしてなお、とどまるところを知らない。能勢さんの作品では、コンクリートブロックが、能勢さんの自由な発想と技巧で、自在にカーブして波打ったり、文字となって単語として意味を持ったり、生き生きと躍動するのがわかる。390mmx190mmx150mmの規格で作られた立方体の工業製品は、一見すると冷たい。しかし能勢さんの作品になると、確かな熱を帯びて感じられるのは、その素材を見るアーティストの視線の先に、空間における関係性の美学のようなものが広がっているからかも知れない。

能勢孝二郎。彫刻家。1950年沖縄県生まれ。’74年多摩美術大学彫刻科卒業。コンクリートブロックを素材に作品をつくり続ける。写真は自宅の庭で妻で彫刻家の裕子さんと。

かわいらしい表情で蘇る、集落を見守ってきた石獅子

沖縄を語る上で欠かせないもののひとつが「シーサー」だ。ちょっと強面のものから、かわいらしい表情のものなど、赤瓦屋根の上にちょこんと乗っていたり、門扉の左右に置かれたりとさまざまな場所で目にすることができる。土産物店にも個性的なシーサーがたくさん陳列されていて、土産物としての人気も高い。その多くは漆喰や陶器で作られているのだが、実は昔、「石」で作られていたと言うのをご存知だろうか。

沖縄の赤瓦の民家の上に見られる、典型的なシーサー。

民間に信仰される「シーサー」の元祖と言うべき存在が、八重瀬町富盛(ともり)に1689年に火伏せの目的で作られた村落獅子(石獅子)だ。その後、民間に瓦葺の家が解禁され、個人宅の屋根にシーサーが置かれるようになるまで、シーサーは「シマ」島 (村落などのコミュニティー)全体を守る存在としていくつも作られてきた。それが村落獅子で、いわゆる「石獅子」と言われるものだ。

「最古にして最大」と言われる、八重瀬町富盛の村落獅子。1974年公開の沖縄を舞台にした映画「ゴジラ対メカゴジラ」の古代琉球の守護神「キングシーサー」のモデルになったと言われている。H145cmxw50cmxd140cm photo/Eri Wakayama

沖縄県立芸術大学を卒業し、石彫を専門としていた若山大地さんは、先輩に教えてもらって那覇市上間にある「カンクウカンクウ」と呼ばれる石獅子に出会う。沖縄で石彫をしていながら当時は石獅子について知らずその佇まいに衝撃を受けた若山さんは琉球石灰岩や粟石を使って石獅子を作るようになった。県内の石獅子について調査を進め、その成果を書籍「石獅子探訪記」にもまとめた妻の恵里さんとともに、2011年以来〈スタジオ de-jin〉という屋号で石獅子の作家として活動を続けている。

那覇市上間の「カンクウカンクウ」。〈スタジオde-jin〉から車で10分程度のところにある。上間の石獅子には、フーチ(悪風)を返す守護神として崇められヒーゲーシー(火伏せ)の伝承はないという。H59cm x w80cm x d98cm Photo/Eri Wakayama
那覇市首里の〈スタジオde-jin〉の工房兼ショップの陳列棚。白い琉球石灰岩や、ベージュの粟石でできた、さまざまな表情の石獅子や、干支の動物などが並ぶ。
ショップの裏手には工房があり、日々大地さんが粉塵にまみれながら制作をしている。
パートナーの恵里さんの著書「石獅子探訪記」(ボーダーインク)は、フィールドワークと調査で得た石獅子のこれまでと現在の情報がびっしり。マップも掲載されているので、石獅子探しのお供に。定価2,640円(本体2,400円+税)。

沖縄県民でも多くの人に忘れ去られてしまっている村落獅子(石獅子)だが、いまでも県内各地に130体ほど残っているのだとか。恵里さんのガイドブックを片手に、石獅子を探しに旅をしてみるのもおもしろい。沖縄の、昔ながらの暮らしに触れることができるだろう。

スタジオde-jinは若山大地さん、恵里さんで営む石獅子の工房。大地さんは1976年生まれ愛知県出身。県立芸大を卒業後、助手職などを経て石獅子のつくり手に。恵里さんは1979年生まれ滋賀県出身。店頭での接客や、石獅子の調査を担当している。

冷たいようであたたかい、“石”のある風景

コンクリート、岩、石、その言葉だけをみてみると、体温を感じない冷たい素材のように思えてしまう。けれど、能勢さんが生み出す波打つような柔らかささえ感じるコンクリートブロックのパブリックアートも、柔和な表情に癒されるde-jinの石獅子も、どこか心をあたたかくしてくれるような雰囲気を纏っている。

青い海や赤瓦屋根の沖縄だけでなく、コンクリートや琉球石灰岩が織りなすあたたかみを感じる沖縄の風景も、ぜひ楽しんでみてほしい。

INFORMATION

沖縄県立博物館・美術館

住所:沖縄県那覇市おもろまち3-1-1
営:9:00〜18:00(金曜・土曜〜20:00)
休:月曜(月曜日が祝日・振替休日または慰霊の日の場合は開館、翌平日休館。そのほかメンテナンス休館あり。)
観覧料:展覧会により異なる。「CONCRETE AND STEEL」は観覧料無料。
URL: https://okimu.jp/

南城市文化センター・シュガーホール

住所:沖縄県南城市佐敷307
休:月曜
URL: https://www.city.nanjo.okinawa.jp/sugarhall/

沖縄県平和祈念堂

住所:沖縄県糸満市摩文仁448
営:9:00〜17:00
休:無休
URL: https://www.okinawakyoukai.jp/

スタジオde-jin

住所:沖縄県那覇市首里汀良町1-2
営:10:00〜18:00
休:日曜、不定休
URL: http://www.de-jin.com/

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