沖縄県産コーヒーをスペシャルティに押し上げた先駆者と、紅茶の未来を輝かせる茶農園の4代目の挑戦
コーヒーベルトの北限に近い沖縄では、高品質な沖縄産コーヒー豆がここ数年国際的にも脚光を浴びている。一方、一年中茶葉を摘むことができ、南国のフルーツやスパイス、ハーブと組み合わせられる、紅茶の世界でも注目の産地だ。そんな沖縄産コーヒーと紅茶のフロントランナーに会うため、国頭村<ADA FARM>のコーヒー園と、名護市<金川(かにがわ)製茶>の茶畑を訪ねた。
photo: G-KEN / text: Katsuyuki Mieda沖縄コーヒー栽培の歴史
熱帯作物であるコーヒーを栽培できるエリアをコーヒーベルトと呼ぶ。その北限は北回帰線から北緯 25 度とされ、北緯 24 度から 27 度に位置する沖縄県はこれに隣接するエリアだ。 そのためコーヒー栽培の可能性に挑戦する人はこれまでもいた。沖縄は戦前から多くの移民を南米やハワイに送り出してきた移民県。南米ではコーヒー農園で働く者も多く、彼らが持ち帰ったコーヒーの種や苗が1920年代以降、沖縄でも植えられた。名護市や今帰仁村周辺では、今も当時のコーヒーの木が庭木などとして残る。
戦後沖縄でのコーヒー栽培の祖は、ブラジルで譲り受けた種を植え、40数年前にうるま市でコーヒー農園を作った和宇慶朝伝(わうけちょうでん)さん。現在沖縄各地で栽培されているコーヒーのほとんどは、彼が育てたニューワールド1号、ニューワールド2号という品種だ。次いで和宇慶さんの教え子の山城武徳(ぶとく)さんが恩納村の農園で沖縄の風土に適した栽培方法を確立。1993年には足立浩志さんが、やはり和宇慶さんの苗を使い、東村にカフェを併設した<HIRO COFFEE FARM>をオープンした。今は故人となったこの3人が、沖縄コーヒー栽培史の草創期を担った人物といえるだろう。
とはいえ「沖縄産コーヒー」というと、物珍しさで売るもの、あるいは希少なお土産といった域をなかなか出なかったのも事実。味や農産物としての安定性は二の次だった。そんな「国産の壁」を初めて破ったのが、徳田泰二郎(たいじろう)・優子さん夫妻の<ADA FARM>だ。彼らは沖縄産コーヒーの生豆としての品質にこだわり、高付加価値の農産物として生産・流通する道を拓いた。
日本初のスペシャルティコーヒー「安田(あだ)珈琲」
東京出身の徳田さん夫妻は、当初は名護で青パパイヤ農園を営んでいた。縁あってその後、国頭村安田のヤンバルの森深くに元ミカン農園だった土地を入手。かねてよりマンゴーのように人をワクワクソワソワさせる作物を作ってみたいと思っていた二人は、<HIRO COFFEE FARM>のヒロさんこと足立浩志さんを介してコーヒーと出会う。
「ヒロさんが『ここは絶対コーヒーに合う』と言って、どんどん苗を持ってくるんです。コーヒー栽培に欠かせない防風林が整っていたこと、適度な日陰があることにピンと来たんだと思います。でも最初はコーヒーは難しく”やってはいけない”作物だと思って、そのまま放っていたんですが、試しに植えてみたら、その姿がとても魅力的で……」(泰二郎さん)
「コーヒーをやってみたいとヒロさんに言うと、ヒロさんの知り合いの農園に連れて行って、大きめの苗を何本も自分で立て替えて買ってくれたんです」(優子さん)
そして二人がその苗を植え、コーヒーだけでやって行くと決意した2009年、ヒロさんはこの世を去る。まるでバトンを渡し終えたかのように……。
初収穫は2011年。二人は安田という土地への敬意と誇りを込め、自分たちのコーヒーを「安田珈琲」と名付ける。しかし収穫量の上限を考えると、生豆の卸販売で事業を成立させるには、品質とブランド力を上げなくてはならない。そこで目指したのが「スペシャルティコーヒー」。スペシャルティコーヒーとは、世界レベルのコーヒー豆に対する称号で、風味特性が際立ち、徹底的に品質管理された農園のコーヒーだけに認められる。その際、重要なのが精製。コーヒーチェリー(実)からコーヒー豆(種)を取り出し、乾燥させるプロセスを言い、栽培から精製までがコーヒー農家の仕事である。二人は試行錯誤を繰り返し、文献や既存情報では知り得ないデータを積み重ねる。
「作りたかったのは、高い品質を保証した上で、収穫ごとの味の変化が楽しめ、安田という土地を感じてもらえる生豆。その際、力になったのは、世界的なロースターである沖縄市の<豆ポレポレ>の仲村良行さんや栄町市場の<COFFEE potohoto>の山田哲史(てつじ)さんら、沖縄の焙煎家たちの『自分たちの島のコーヒーを作りたい』という熱意。彼らのアドバイスや焙煎が、安田珈琲の可能性を引き出してくれました」(泰二郎さん)
そして2016年11月、「安田珈琲」はスペシャルティコーヒーの認証を受け、<ADA FARM>は日本初のスペシャルティコーヒー産出農園となる。
現在、徳田夫妻が生産する生豆は「AKATITI(アカチチ)」と「No.3」の2種。沖縄の言葉で「夜明け」を意味する「AKATITI」は、コーヒーチェリーをピュレ状にして乾燥させる、世界でも例のない精製方法だ。そのため収穫した瞬間の果実としてのコーヒーのおいしさがそのまま詰め込まれている。一方の「No.3」は収穫後の果実が発酵によってもう一度生命力を持って踊り出す、そんなイメージの発酵ナチュラル製法。華やかでブランデーのような香りが特徴だ。収穫は12月から翌4月頃にかけて20回前後行う。
沖縄産コーヒーの未来を耕す
〈ADA FARM〉では、収穫、製法ごとのロットの違いを明示して出荷する。
「そこが農産物のおもしろさだし、国内で小ロットで生産する良さだと思うんです。僕らの豆を扱うコーヒー屋さんはそこまで丁寧に説明して提供してくれる」(泰二郎さん)
「ここ数年はそれが消費者にも届いて、毎年リピートしてくれる人や、ロースタリーごとに焙煎の異なる安田珈琲の味を楽しんでくれる人もいて、私たちの想いが届き始めた気がします」(優子さん)
現在、「安田珈琲」は出荷時期になると、那覇市内の <COFFEE potohoto>や <rokkan COFFEE>、 沖縄市内の<豆ポレポレ>、東京都・渋谷区の<FUGLEN SANGŪBASHI>などで味わうことができる。
今後は、気候などに左右されずに毎年安定した収穫量を確保する生産態勢を固めることが課題。同時に、第3の精製方法の完成、また新しい品種の栽培も計画に入れる。
<ADA FARM>の活躍を受け、沖縄ではコーヒー栽培を手掛ける農家が急増中だ。その難儀さにあきらめる人も多い一方で、裾野は着実に広がりつつある。2022年には久米島の<しらせコーヒー園>と名護の<振慶名(ぶりきな)珈琲園>のコーヒーがスペシャルティコーヒーの認証を受けた。沖縄には優秀なロースターやバリスタも多くいる。彼らと協力し合えるのは、他の生産地にはない沖縄産コーヒーの強みだ。
「僕らも彼らに刺激を与える存在であり続けたいですし、沖縄の各地でその土地土地のコーヒーが味わえるようになったら、沖縄のコーヒーはおもしろくなると思います」(泰二郎さん)
国産紅茶グランプリを3連覇した「KANIGAWA」
名護市の旧羽地村(はねじそん)の山中に広がる<金川製茶>の茶畑。「金川」の名はかつてここで銅を採掘していたことに由来する。<金川製茶>の創業は1956年。現在は4代目の比嘉竜一さんが紅茶専業農家として運営している。
「うちも元々はずっと緑茶を作っていたのですが、約25年前に父である3代目が紅茶品種のべにふうきの研究栽培を依頼され、それをきっかけに紅茶の試験製造も始めました。沖縄県での本格的な紅茶作りはそれが最初です。そして2017年に僕が4代目を継いだ際、紅茶専門で行くことに決めました。緑茶の需要や価値が下がっていたのと、僕自身、紅茶が好きだったというのが主な理由です」
ちなみに緑茶も紅茶も、植物としては同じチャノキ。品種の違いではなく、製茶時の発酵度の違いで、緑茶(不発酵茶)、烏龍茶などの青茶(半発酵茶)、紅茶(完全発酵茶)に分かれる。ただし品種による向き、不向きはあり、一般的には中国種は緑茶向き、アッサム種は紅茶向きとされる。
「紅茶のおいしさを引き出すためには、どれだけ茶葉を揉むか、どれだけ発酵させるか、どれだけの時間・温度で乾燥させるか、あるいは発酵時に風を入れるか、振動を与えるか、茶葉をどう広げるかなど、試すことは無限にあります」
比嘉さんはそのようにおいしさを追求し、できた紅茶「KANIGAWA」を尾張旭市で開催される「国産紅茶グランプリ」に出品。そして見事、2017年から2019年まで3年連続でグランプリに輝く。
料理に合う紅茶を作る
日本を代表する紅茶職人となった比嘉さんは、次なる「おいしい紅茶」を目指す。それはコンテストで評価されるようなアフタヌーンティーのための紅茶ではなく、紅茶を飲まなかった人まで魅了する紅茶、ワインのように料理に合わせてペアリングされる紅茶だ。きっかけは料理人と農家を直接結びつける<やんばる畑人(ハルサー)プロジェクト>に参加し、多くのシェフと交流し始めたこと。そして食に合う紅茶のための手法としてブレンドにたどり着く。
「紅茶って材料は茶葉だけ。でもブレンドは僕らにできる唯一の調理なんです。今年の春夏ブレンドは、紅茶用品種のべにふうき、べにほまれに、緑茶用品種のやぶきた、ゆたかみどりを合わせました。紅茶用品種の香りの良さに加え、緑茶用品種にはうま味成分があって、これが日本の食に合うんです。また料理を食べた後にバランスが整うよう、普通の紅茶よりもタンニンを強めに効かせてます」
昨日できたばかりという今年の「KANIGAWA」は、パックの中でお互いの香りを馴染ませ、1~2ヵ月後に飲み頃を迎える。これもブレンドならではの楽しみだ。
沖縄の植物と合わせて輝かせる
近年ノンアルコールドリンクの需要が増え、発酵茶やモクテルの注目度も高まる。紅茶を極めた比嘉さんがその先に考えているのは、沖縄の熱帯果樹を使ったドライフルーツや沖縄産スパイス、沖縄産ハーブを紅茶と組み合わせること。すでにそのための種の選定や栽培も始めている。
「お茶にはうるま市の北寄りから沖縄本島北部に広がる国頭マージの酸性土壌が適しています。また暖かい沖縄では1年中茶葉を摘むことができる。これは紅茶製造技術の向上のためにもとても重要です。それに『南国の紅茶』というと印象もいい。そして何よりも、シークヮーサー、カラキ(沖縄シナモン)、ショウガ、月桃といった独自の素材が身近にあること。おいしい紅茶をベースに、沖縄らしいナチュラルなフレイバーティーやチャイなど、可能性は広げていけるはずです」
そんな比嘉さんの言葉と亜熱帯の茶畑の風景に、沖縄ならではの紅茶のシーンが見えた。
ADA FARM(農業生産法人 有限会社アダ・ファーム)
HP:https://farmthefuture.jp
オンラインショップ:https://papayumyum.com
Instagram:https://www.instagram.com/ada_farm_okinawa/
金川製茶
住所:沖縄県名護市字伊差川494-1
電話:0980-53-2063
Instagram:https://www.instagram.com/kanigawa_seicha_1956/
豆ポレポレ
住所:沖縄県沖縄市高良6-2-8
営:12:00~17:00
休:日曜・月曜
Instagram:https://www.instagram.com/mamepolepole/
COFFEE potohoto
住所:沖縄県那覇市安里388-1(栄町市場内)
営:10:00~18:00
休:日曜
HP:http://www.potohoto.jp
rokkan COFFEE SHURI
住所:沖縄県那覇市首里当蔵町2-14 1F
営:6:00~18:00
休:なし
Instagram:https://www.instagram.com/rokkancoffeeshuri/
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