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BRUTUS meets Be.Okinawa
BRUTUS meets Be.Okinawa

さとうきびで作る沖縄のもう一つの島酒・ラム。その草分けたちのロマンを綴る「沖縄ラム物語」

世界四大スピリッツの一つ、ラム。カリブ海や南米をイメージするこの酒の原料はさとうきび。沖縄を代表する農産物だ。そして今、沖縄産クラフトラムが続々誕生し県外からも脚光を浴びている。先駆者たちの多くの苦難とロマンが生み出した沖縄ラム草創期の物語を、グレイス・ラムの金城祐子さん、イエラムサンタマリアの松本壮さん、ヘリオス酒造の松田亮さんに伺った。

photo: G-KEN / text: Katsuyuki Mieda

映画化も話題、OLが挑んだ夢

南大東島産ラム「CORCOR」。緑ラベルが搾りたてのさとうきび汁で作る日本初のアグリコールラム。赤ラベルはモラセス(砂糖精製時に出る廃糖蜜)で作るトラディショナルラム。アルコール度数は40%。両端は25%の「CORCOR25」。(撮影:三枝克之)

最初に沖縄のラム作りが大きな話題になったのは、グレイス・ラム代表の金城祐子さんによる南大東島産ラム「CORCOR(コルコル)」の発売だろう。2002年に沖縄電力子会社のOLだった金城さんが社内ベンチャー制度に応募。そこから05年の初出荷に至るまでのドラマは、原田マハさんによって小説『風のマジム』に描かれた。同作は伊藤沙莉さん主演で映画化され、今夏の公開を控える。
「きっかけは友人のバーでふと目に入ったラムのボトル。そこに『原料:さとうきび』とあって、それなら沖縄産ラムがあってもいいはず! 泡盛はタイ米が原料だから、むしろラムのほうが地酒と呼べるかも?と思ったんです」
調べると南大東島の商工会がラム作りを検討していた。金城さんは夢の実現に向け、社内ベンチャー制度の利用を思い付く。

グレイス・ラム代表の金城祐子さん。「商品的にも経営的にも道のりとしては半分。まだできることがいっぱいあります」と語る。那覇事業所にて。(撮影:三枝克之)

以降の事業計画、社内審査、醸造家探し、酒造免許などを巡る艱難辛苦は小説に譲る。違いは小説の主人公が独身なのに対し、金城さんには幼い子どもがいたこと。「泣きながらもう辞めます、と上司に言ったことも……。乗り越えられたのは夫と母のおかげです」。
「CORCOR」は無添加・無着色のホワイトラムにこだわる。ホワイトラムは樽熟成させず、無色透明で素材の味を楽しむタイプだ。
「ラムは製菓材料としての需要も高いのですが、製菓では安心安全な素材が重視されます。既存のラムは色と香りに課題が残りました。また試験製造を依頼した〈発酵食品工房むんなみ〉の故照屋比呂子さんには、素材の味と香りだけでいいお酒になる、と言ってもらえました。それでうちのラムの方向性が見えたのです」

南大東島にあるグレイス・ラムの工場。南大東村から無償提供された旧南大東空港のターミナルを利用。南大東島へは那覇から飛行機で約1時間。(写真提供:グレイス・ラム)
蒸留設備は旧待合室に。工場長の玉那覇力さんは、泡盛の臭みを抑えることに成功した「泡盛1号酵母」開発者のひとり。創業時から島に単身赴任し、20年間ラム作りを続ける。(写真提供:グレイス・ラム)
見渡す限りさとうきび畑が続く南大東島は、サンゴ礁の環礁が隆起してできた島。「CORCOR」は、環礁がサンゴ礁の王冠=Coral Coronaのようであることから、これを略して命名。(撮影:三枝克之)

事業決定の最終審査直前、醸造家・玉那覇力(つとむ)さんとの縁を後押ししてくれたのも照屋さんだった。そして工場長に就任した玉那覇さんの手で完成した「CORCOR」の緑ラベルは、日本初のアグリコールラム。搾りたてのさとうきび汁で作る、原料産地と酒造所が至近でないとできない希少なラムだ。
現在は市販の他、ロイズをはじめとした製菓会社との取引が多く、海外出荷も増加中。「うちのラムの個性が着実に伝わっているのを感じてます。ブレずにやってきて良かったです!」。

島のコーラとラムでラムコークを

伊江島産さとうきびで作る「イエラムサンタマリア」。右がホワイトラムの「クリスタル」。左がオーク樽で熟成させたゴールドラムの「ゴールド」。(写真提供:松本壮)

沖縄産ラムの知名度を全国区にしたのは、2011年に発売された「イエラムサンタマリア」(以下、イエラム)。美ら海水族館沖に見える離島・伊江島で作られるラムだ。伊江島蒸留所を運営するのは、伊江村の出資で設立された第三セクター・伊江島物産センター。つまりイエラムは、村(=島)を挙げての事業として立ち上がったのだ。
このプロジェクトを担ったのが、村役場の商工観光課で物産センター担当だった松本壮(つよし)さん。広告会社勤務のキャリアを活かし、「告白飲料イエソーダ」など数々の伊江島特産品を開発、ヒットさせてきた。

バイオエタノールのテストプラント跡を利用した蒸留所で、ラム作りを始めた当時の写真。2024年には新たなポットスチール(蒸留機)が導入された。(写真提供:松本壮)

「発端は政府とアサヒビールによる、さとうきびからバイオエタノールを作る実験施設が伊江島に設営されたことでした。ただこれは5年という時限プロジェクトで、施設跡をどう活用するかが課題。その中からラムを作ろうという話が出たのです。島人はみんな酒好きな一方、島には酒造所がなかったので」
松本さんは自身が作ったイエソーダの黒糖コーラを飲むたび、「このコーラで割ったラムコークが飲みたい。できたら島のさとうきびで作ったラムをベースに」と夢見ていた。なのでラムプロジェクト担当に任命された時には喜んだ。「やっていいんですか⁉」。

初蒸留で樽詰めした原酒樽「T-1」「T-9」で3年間熟成。最初のビンテージラムとして発売した数量限定の「プレミアム」。松本さん保存の貴重な2本。(撮影:三枝克之)
松本壮さんは2017年に伊江村役場を退職し、パインミュージックファクトリーを設立。地域支援、企業アドバイザーなどの活動と並び、イエラムのブランドアンバサダーも務める。那覇のオフィスにて。後ろは「ボヤージュ」シリーズラベル原画。(撮影:三枝克之)

そこからの悪戦苦闘は、松本さんの著書『島で暮らして、ラムをつくって、』に詳しい。中でも難関は酒造免許の取得。これを助けてくれたのは、かねて親交があったグレイス・ラムの金城さん。自身の経験と資料を惜しみなく提供してくれた。製造はニッカウヰスキーの専門家の指導の下、泡盛杜氏だった島出身の若者が担当。初テイスティングは発売日まで1ヵ月を切っていた。「できあがりは賭けでしたが、もうこれしかない!と」。
そうして11年7月に発売されたイエラムはラム専門バーからも高評価を得た。柔らかな味わいはもちろん、都会的なデザインも含め、ソフィスティケートされた国産ラムが登場した印象だ。そこには松本さんのブランディング手腕が光る。松本さんはこう振り返る。
「人生でもっとも大変な日々でしたが、ゼロから酒を作るなんてまずない経験。酒作りには歴史を作っていくような重みがあります」

伊江島のシンボル・城山(伊江島タッチュー)。伊江島はテッポウユリの島として有名。このユリがヨーロッパで聖母マリアの象徴となっていることから、「イエラムサンタマリア」と名付けられた。(写真提供:松本壮)

ヘリオス酒造の創業秘話

1961年に那覇の崇元寺通りで創業したヘリオス酒造(当時は太陽醸造)。「ヘリオス」はラムの商品名だった。工場はその後、浦添市牧港を経て、72年に水の豊かな現在の名護市許田へ。(写真提供:ヘリオス酒造)

じつは沖縄のラム作りの歴史は、1961年まで遡る。樽熟成の泡盛古酒「くら」で有名なヘリオス酒造が、ラムの製造で創業したことはあまり知られていない。社名も初の沖縄産ラムの商品名「ヘリオスラム」に因む。
「創業者の松田正は戦時中、軍で燃料用アルコールを作っていました。戦後沖縄に戻り、復興が一段落した後にやりたかった酒作りを始め、那覇の崇元寺で太陽醸造を創業。将来の食糧危機に備え、五穀に頼らない酒を作りたい。沖縄産の原料で酒を作りたい。そんな思いからラムを作ることにしたのです」

創業者・松田正氏の肖像画。生涯をラムに捧げた。「いつも仕事が終わると、研究室でラムの水割りを飲んでいた姿を思い出します」と松田会長。(写真提供:ヘリオス酒造)
右が先代当時の「ヘリオスラム」のボトル。左はそのラベルを復刻したホワイトラムの「ヘリオスラム」。リスペクトを込め、ラベル上部には先代の肖像が飾られている。

そう語るのは長男で現取締役会長の松田亮さん。幼い頃から父の行動力と苦労を肌で感じてきた。ラムはできたものの、米軍統治下の沖縄では他の洋酒が安かったのと、沖縄産製品は米軍基地で流通できないため、大苦戦。
「それで先代は、時のブース高等弁務官に直談判して、試飲に来てもらったんです」
高等弁務官とは米軍統治下の沖縄の最高権力者。驚きの営業手法だが、これが功を奏し、米軍向けの販売に成功する。とはいえラムだけではやはり厳しく、ラムのノウハウを活かしてウィスキー、ジン、ウォッカの製造も開始。コザの米兵相手の飲食店に卸した。「生きるためにいろんなことをやったということです」。しかしこれがヘリオス酒造が沖縄では稀有な総合酒造メーカーになる礎となる。

沖縄が日本復帰する72年以降、会社を支えたのは日本本土向けのハブ酒。じつはそのハブ酒に使ったのは泡盛ではなく、ラムだ。
「ラムが製菓によく使われるのはバターケーキなどの匂いを消すため。ラムには油臭さをマスキングする力があります。それでハブをラムに漬けることで生臭さを消したのです」
ラムは70年以降は「黒糖酒」として製造し、「ヘリオス」は社名に。ラムを愛した先代は「泡盛はおまえの代でやれ」と遺して他界。79年に会社を継いだ松田現会長が泡盛製造を始め、「くら」を大ヒットさせる。

1961年、琉球列島高等弁務官のドナルド・P・ブースを工場に招き、「ヘリオスラム」を試飲してもらう創業者の松田正氏。高等弁務官は「沖縄の帝王」とも言われた存在。(写真提供:ヘリオス酒造)
70年代のヘリオス酒造の代名詞・ハブ酒。1991年発売の泡盛古酒「くら」が大ヒットするまでは「ハブ酒のヘリオス」と呼ばれていた。ハブ酒に使われているのもじつはラム。
1979年、28歳で跡を継いだ松田亮会長(73歳)。ヘリオス酒造を6種の酒造免許を持つ総合酒造メーカーに発展させた。2010年に沖縄電力からグレイス・ラムの株も取得。

沖縄のテロワールを感じる島酒

風格ある佇まいのもっとも古い貯蔵蔵「一の蔵」。「インダストリーからヒストリーに」をスローガンに、解体はせず改修して利用し続ける。24年もののラムもこの蔵に眠る。

名護市許田にあるヘリオス酒造の醸造所。その2棟の貯蔵蔵には約500ものオーク樽でラム原酒が静かに眠っている。もっとも古いのは近々発売予定の24年熟成のダークラム。おそらく世界的にも貴重なものだろう。
「沖縄のラムが脚光を浴びるなんて信じられない気持ちですが、僕の中でも父のラムへの思いをどのように形にするか宿題になっていました。なので親孝行でもないですが、4~5年前からもう一度ラムに力を入れ始めたのです」と松田会長。

ラムの蒸留機は自分たちで改良を重ねたオリジナル。蒸留中は周囲に甘い匂いが漂う。蒸留後に出るもろみ粕は自社農園の肥料に再利用。ミネラルや栄養素に富む上等な肥料だ。
数量限定の21年もののダークラム「TEEDA 21年」。アルコール度数は48%。深いマホガニー色に遙かな時の流れを感じる。さらに古い24年熟成のラムも近々発売予定だ。

その挑戦の一つが、自社農園でラム用のさとうきびを栽培し、アグリコールラムを作ること。すでに2度収穫し、「TEEDA(ティーダ) AGRICOLE 屋我地(やがじ)島」の名で販売している。屋我地島は自社のさとうきび畑のある島。そして父・正さんの故郷だ。
会長自ら屋我地島に案内してくれた。農園には約3千本のさとうきびが育ち、残り半分は苗を植えるために土作り中。その土のフカフカで温かいこと。循環型農業で、肥料には蒸留時に残るもろみ粕を使っているが、それが土壌の微生物を増やしているそう。さとうきび品種もラムに適したものを研究中だ。
「沖縄には泡盛がありますが、テロワールのある酒となると、ラムなのかもしれません」

ヘリオスの助走に始まり、CORCORでホップし、イエラムがステップさせた沖縄産ラム。続けて島々で注目すべきクラフトラムも誕生しジャンプの時を迎えつつある。取材した3人ともが口にしたのは、「みんなで沖縄産ラムを底上げし、認知度を高めていければ……」ということ。世界的にもラムには島で作られる銘酒が多く、島の酒のイメージがある。泡盛とは別の、もう一つの「島酒」として育てていきたい。

壮観荘厳な「二の蔵」内。440ℓのオーク樽を2千樽貯蔵。泡盛やウィスキーに加え、ラムも「一の蔵」と合わせ500樽ある。会長とマスターブレンダーが時折テイスティングする。
右端は1970年より作り続けてきている、黒糖を使ったラムの「黒糖酒」。他3本は現在人気のクラフトラムのシリーズ。右から、ホワイトラム「TEEDA WHITE」、自社農園のさとうきびで作る「TEEDA AGRICOLE 屋我地島」、ダークラム「TEEDA 5年」。
名護市屋我地島の自社さとうきび畑。収穫は製糖期後の3~4月。そのほうがラムに適した原料になる。手前は苗を植えるために土作り中。踏むと足首まで沈むぐらいフカフカ。
INFORMATION

株式会社グレイス・ラム

住所:沖縄県島尻郡南大東村字旧東39-1
電話:09802-2-4112
HP:https://rum.co.jp
オンラインショップ:https://corcor.shop

伊江島蒸留所

住所:沖縄県国頭郡伊江村字東江前1627-3
電話:0980-49-2885
HP:https://ierum.ie-mono.com
オンラインショップ:https://store.shopping.yahoo.co.jp/ierumsanta/
◎蒸留所見学(平日限定、完全予約制)
詳細:https://ierum.ie-mono.com/#visit

ヘリオス酒造株式会社

住所:沖縄県名護市字許田405
電話:フリーダイアル 0120-41-3975
HP:https://www.helios-syuzo.co.jp
オンラインショップ:https://www.helios-shop.jp
◎酒蔵見学ツアー(完全予約制)
見学時間:毎日11時と15時の2回 ※各回定員あり
見学料金:500円(お土産付き)
詳細&ご予約:https://www.helios-syuzo.co.jp/tour

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